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最古の将棋盤が出土! 出雲市高岡町 高浜Ⅰ遺跡

島根県教育庁埋蔵文化財調査センターが最古の将棋盤を出土したと発表しました。
発見された将棋盤と駒の写真も掲載されています。
従来発掘調査から、将棋の駒は多数発掘されていますが将棋盤の発掘は少なく、今回の発掘が最古のもので、推定1500年前後の時代のものとされています。
なぜ将棋盤の発掘は少ないのか? rtfの個人的な見方ですが、古代~中世において木は貴重な資源、木簡も一度使ったものをまた削りなおして何度も使うというリサイクルが行われていたようです。つまり将棋盤のような体積のある木は大変貴重で、使わなくなってからも割ったり削ったりして他の用途に転用されていたと考えられます。

今回の発掘は、中世の将棋文化を探る貴重な発見、庶民文化・芸の世界としての将棋の歴史解明が進むと嬉しいかぎりです。

長文になりますが、参考に島根県教育庁埋蔵文化財調査センターの報告内容を抜粋します。


将棋盤について
①将棋盤は破損しているため全体の1/4程度しか残存していない。現状では長さ38.1(5mmの突起含む)cm、幅8.8cm、厚さ1cmと長さ37.6cm、幅5.7cm、厚さ0.85cmの2枚の板材となっている。表面には9マスのマス目が施され、マス目の大きさは約4.2cm四方である。側面には目釘穴が認められ、脚もしくは台座のようなものを組み合わせて使用していたものと考えられる。
②将棋盤の表面には刃物等による擦痕が認められることから、将棋盤として使用されなくなった後に、まな板等の別のものに転用されたものと推測される。
③年代については共伴した木簡に「永正三年(1506年)」の記載があることと、AMS年代測定の結果では15世紀半ばの値を示していることから、15世紀中葉~16世紀初頭頃と考えられる。
3)意義
①今回発見された将棋盤は共伴する遺物や自然科学的分析から15世紀中葉~16世紀初頭と推定され、現在確認されている将棋盤としては最古の出土例となる。
②将棋の駒の出土例は奈良県興福寺旧境内や福井県一乗谷朝倉氏遺跡など比較的多く認められているが、盤については東京溜池遺跡から18世紀代の将棋盤が1点出土しているだけであり、今回全国で2例目の出土例となった。
③近世以前の将棋盤についての文献や絵図は少なく、藤原定家の日記『明月記』に盤の記述があり、12世紀末~13世紀初頭には将棋盤が存在していたと考えられている。また、13世紀初頭の『鳥獣戯画』には紙の盤で将棋を指している絵があり、紙に条を入れて盤の代わりにして使われていたことも考えられているが、その実態については不明瞭であった。今回、中世の将棋盤の発見は、盤の存在や形状等がわかる資料となり、将棋の歴史から社会史を考える上で貴重な発見といえる。

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