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陸奥国府を襲った西暦869年貞観年津波(じょうがん)、過去に学べなかった東京電力

3代実録(日本紀略、類聚国史171)の貞観11年5月26日(西暦869年7月13日)の記録に、 次の注目すべき災害の発生が記されています。「陸奥国地大震動。流光如晝隠映。 頃之。人民叫呼。伏不能起。或屋仆壓死。或地裂埋殪。馬牛駭奔。或相昇踏。 城郭倉庫。門櫓墻壁。頽落顛覆。不知其数。海嘯哮吼。聲似雷霆。驚濤涌潮。 泝徊漲長。忽至城下。去海数千百里。浩々不辧其涯俟矣。原野道路。惣為滄溟。 乗船不湟。登山難及。溺死者千許。資産苗稼。殆無孑遺焉。」  内容は、光を伴った鳴動と共に大地震が起き、 次いで押し寄せた津波は平野の奥深くまで侵入して陸奥国府の城下まで達し、 1000名を越す犠牲者が出た、と解読されます。

東北大学大学院理学研究科教授の箕浦 幸治さんが、報告しています。

相前後して、東北大災害制御研究センターは1日、仙台市青葉区の同センターで東日本大震災に関する報告会を開き、今回の津波について、仙台の沿岸部で過去最も大きな被害を出したとされる869年の貞観地震津波と同規模と報告しています。(河北新報)

ビデオやカメラなど映像を記録する術の無かった当時、文字により必死に大津波の惨状を伝えようとした思いが文章から伝わってくるようです。千年以上も歴史を遡った記録を史実と受け止めるのか、誇張された語りととらえるのか難しいところですが、今回の東日本大震災は、まさに貞観地震津波が史実で、それと同規模の被害をもたらしたことがわかりました。

そして、以前原発の耐震性評価のための専門家委員会の中で地質学の専門家である独立行政法人「産業技術総合研究所」(茨城県つくば市)活断層・地震研究センターの岡村行信センター長が、869年に三陸沖を震源とする貞観(じょうがん)地震が発生した際、大津波が仙台以南にも押し寄せたと指摘していたことも掘り起こされてきました。このあたりの経緯は白老の自然情報さんのブログが詳しく伝えています。

また被災地の状況を日々伝えられている田力ブログ2さんの昨年12月の記事によると、「仙台市では平成17年度に宮城県沖地震により想定される津波の遡上シュミレーションを行っており、これによるとやはり海岸から5km程度、津波が遡上する結果が得られている」と、地元では今回の津波を起こりうる被害ととらえ研究されていたようです。

万が一にも事故を起こしてはならない原子力発電、この福島の事故も津波の大きさを千年の時間のスコープでとらえたならば、発電所設計に活かせたと思います。今回の問題も非常電源が水につかって作動させることができなかったのが大きな問題といわれていますから、多分数十億円規模の追加投資を行い津波をかぶっても非常電源の動作を確保できるようにしておけば今回のような最悪の事態を防げたと言えないでしょうか?

前記事でも想定外と言ってはいけないと書きましたが、想定すべき過去の事例があったのです。

過去に学べなかった東京電力、過去に素直に目を向ける大切さを見失っていたと言わざるを得ません。
 

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