
瀬戸内寂聴さんがまだ瀬戸内晴美さんと名乗っていた1972年(昭和47年),当時の京都・祇園を舞台にこの「
京まんだら」は書き上げられました。
京都祇園に生きる女性達の表と裏の素顔,その恋愛や生き方を描いた興味深い話ですが京都の歴史や風物も織り交ぜられて華やかな作品になっています。
読んでいて気付いたのですが,この小説は今から35年前に書かれたのですが,当時の京都から今はこんなにも変わったのかと思い知らされました。
代表的なものを上げてみます。
・雪の多さ
・虚無僧
・京阪電車
祇園の大晦日から始まる話なのですが,翌日の元旦に清水寺をお参りする場面で雪が登場します。
雪の多さ...三年坂を上りはじめると,雪がますます濃くなり,石段の上はたちまちしっとりと濡れてくる。まつ毛にかかると,なかなかとけないのに,石段に落ちた雪はたちまち姿を消してしまうのだった。...
「気をつけとくれやす。この坂でころぶと三年後に死ぬといういいつたえがあるんどっせ」...
虚無僧...尺八の音が橋の下から聞こえてきた。虚無僧姿の男が尺八を吹きながら川原にあらわれる。ひとつの床の下に立って,物悲しい曲を吹くと,床から長い竿がのびて虚無僧の前にくる。竿の先に小さな竹籠がつけられていてその中にいくばくかの小銭がおひねりにして入っているのだ。虚無僧がそれをとり,深い礼をかえすと,また竿がひきあげられる。床で竿をあやつっているのはだらりの帯が重そうな舞妓だ...
京阪電車...川の向う岸を京阪電車が窓の燈をつらねながら,右から左へ走っていく。おびただしい燈の色が川にも映り,二本の光る蛇が金の鱗をきらめかせ水底を走りぬけるように涼しい眺めだった...
時間を少し戻して当地の風情を楽しむのは小説のひとつの楽しいところですが、薄れていったものが多すぎるとも感じました。
この小説は、祇園に生きる女性達の生態を女流作家の目で覗いていくというかある点では暴いていくような、一般人にとってはベールに包まれた世界を垣間見るとても興味のある内容です。
解説の戸板康二さんが書いていましたが、「瀬戸内さんは、京都に移ってから、仕事をすませた時間に、足しげくその祇園にかよい、当然多くの女性と親しくなった。....多分この作家は祇園の茶屋の座敷で、この作家はいつもにぎやかに話し、にぎやかに遊んだに違いない。そしてそこに自然に発生した雰囲気から、ふだん口の固い茶屋の女将も、芸子も、舞妓も、自分の秘めた経験や、卓抜な見解を、思わずしゃべってしまったりもしたのだろう...」と祇園に入り込んでの体当たり取材というかお遊びがベースになっているのです。そして瀬戸内さん自身「彼女たちは仲良くなってしまうと実に親身で親切になった」と回顧しています。
そしてこの小説が日本経済新聞に連載されるようになると、その祇園の女性たちはまるで自分のことを書かれているという風に競って読んでは感想を瀬戸内さんに伝えたそうです。
京都という舞台の紹介もこの小説の楽しみです。花の寺と呼ばれるに相応しく山腹境内に約500本の桜がある勝持寺、泉涌寺、広沢の池、常照皇寺のしだれ桜、御室の桜などの(下p135-137)印象的な土地が紹介されていきます。
また四条を挟んで先斗町と反対の南側が西石垣(さいせき)いう呼び方の地区だと初めて知りました。(下p240)
京の風物として登場するお祭りも楽しいですね。春になると祇園からは都をどり、先斗町からは鴨川おどり、そして上七軒からは北野おどりと区分されて芸を競い合っているのですね。(下p108)
祇園祭の紹介も楽しい臨場感があって楽しいものでした。(下p268) 別名で鱧祭とか屏風祭と呼ばれているのですね。
勿論祇園の舞妓の生き方・成長の過程が詳しく描かれています。先笄(さっこ)というようなこの世界でしか通用しない言葉などがたくさん紹介されとても興味深いものでした。
日本の歴史的な文芸・風情についても、例えばバレンタインデーといった女性が男性に恋を打ち明けるのが西洋的・現代的なことのように考えられていますが、日本の「浄瑠璃や歌舞伎の中には、女の方から積極的なのがたんとおますなあ、八百屋お七とか、合邦とか」 「なるほどねぇ、そういわれてみるとそうね」
この小説は、「みの家」の女将で吉村千万子さんという京都生まれでも無いのに祇園に店を立ち上げた実在の人物がモデルになっているとも言われています。
本当に生き生きとした祇園を味わえ京都を堪能できる貴重な一冊と思います。
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